「手元も見たい」という希望にどう応えるか
白内障手術のレンズ相談で、「手元も見えるようになりたい」という希望は多いです。
「遠くから中間距離をしっかり見たい → EDOF」
「遠くから手元まで全域をメガネなしで見たい → 回折型多焦点」
それが一般的な考え方でした。
ただ最近、実際の診療の中で「PureSeeを少し近視寄りのターゲットで入れる」というアレンジをするケースが増えてきました。
「遠くもある程度見えて、手元もカバーしたい」という患者さんに対して、
このアプローチが選択肢になり得る、という感覚が積み重なってきています。
そして最近、このアプローチを後押しする論文が出てきました。
今回はそのデータを整理しながら、この選択肢について解説します。
PureSeeの光学設計の特徴
まず、なぜPureSeeでこのアプローチが成り立つのかを理解するには、
レンズの光学的な特性を知っておく必要があります。
PureSee(TECNIS PureSee、モデル名ZEN00V)は、
回折構造を持たないEDOFレンズです。
レンズ後面の曲率を場所によって少しずつ変えることで、
ピントが合う距離の幅を広げる設計になっています。
このレンズの特筆すべき特徴は、ピントが少し近視にずれても視力が落ちにくいこと。多くのレンズはぴったりピントが合う距離から外れると急激に視力が落ちていくが、PureSeeはその落ち方がゆるやかで、特に少し近視になっても視力が保たれやすいのです。
Journal of Refractive Surgery(2025年)に掲載された光学データによると、
PureSeeは-0.75D付近(ごく軽い近視の状態です)まで最良視力がほぼ維持され、
-1.75Dまで0.20 logMAR以上の視力が保たれます。
つまり、少し近視側にターゲットをずらして軽い近視の状態にしても、
遠方視力が大きく落ちない設計になっています。
これがこのアプローチの根拠のひとつです。
近視ターゲットで入れるとどうなるか|論文データ
最重要論文:Scientific Reports 2026年
2026年2月、韓国・延世大学(Severance Eye Hospital)のグループが、Scientific Reportsに査読論文を発表しました。
この研究では、
PureSee(ZEN00V)を術後の屈折値が-0.50〜-1.00Dになるよう設定したグループ(44眼)と、
アイハンス(ICB00)を正視に近い設定で入れたグループ(44眼)を比較しました。
遠方視力については、両群に有意差はありませんでした(どちらもUDVA 0.10 logMAR前後)。
中間視力についても、両群に有意差はありませんでした(UIVA 0.10 vs 0.14 logMAR、p=0.25)。
近方視力については、PureSeeグループが有意に優れており(p<0.001)、
40cmでの近方視力はPureSee群が0.17 logMAR、アイハンス群が0.26 logMARでした。
※logMARは視力の表記方法のひとつで、数値が小さいほど見え方が良いことを意味します。0.10 logMARはおよそ1.2、0.20 logMARはおよそ0.6に相当します。
デフォーカスカーブ(遠くから近くまで、距離が変わるにつれて見え方がどう変化するかを示したグラフ)では、PureSeeが+1.0Dから-2.0Dの範囲で0.2 logMAR以上の視力を維持し、
アイハンスの+0.5D〜-1.5Dより広い範囲をカバーしました。
光視症(ハロー・グレア・スターバースト)は、両群で有意差なし。
そして患者報告における近用メガネ依存率は、
PureSee群で7%、アイハンス群で50%という大きな差が出ました。
論文の結論として、「軽度近視ターゲットでのPureSee挿入は、遠方視力と視質を保ちながら中間・近方視力を改善する実用的な選択肢になり得る」とまとめられています。
補足論文①:Eye (Lond) 2024年
Eye誌(2024年)に掲載された前向き無作為化試験では、
PureSeeとアイハンスを比較した結果、
PureSeeは遠方・コントラスト感度はアイハンスと同等で、中間・近方視力が統計的に有意に優れていました。
この研究は正視ターゲットでの比較ですが、
PureSeeが通常の設定でもアイハンスより近方視力に優れることを示しており、
近視ターゲット設定の「下地」となるデータと言えます。
補足論文②:J Clin Med 2025年
2025年にJ Clin Medに掲載された研究(同じ延世大グループの前の論文)では、
PureSeeとアイハンスを実臨床で比較しています。
この研究では意図的な近視ターゲット設定ではありませんでしたが、
術後の屈折値がPureSee群で平均-0.46Dとやや近視側に出ました。
その結果、遠方視力はアイハンスと同等を保ちつつ、近方視力はPureSee群が有意に良好(p=0.023)で、
近用メガネ依存率は36% vs 80%という大きな差が出ています。
つまり「意図せずやや近視寄りになった状態でも、遠方視力は正視のアイハンスに劣らず、手元はより見えやすい」という結果です。
これはPureSeeが近視方向への耐性を持つという特性と一致しており、
「あえて近視ターゲットにする」今回のアレンジの根拠を間接的に支持するデータでもあります。
Scientific Reports 2026年論文(意図的な近視ターゲット設定)と比べると、
さらに近視側に振った設定にすることでメガネ依存率がさらに下がる(7% vs 36%)ことが分かります。
補足論文③:PureSeeの屈折誤差への耐性(Eye 2024年)
PureSeeは近視方向への屈折誤差に対して高い耐性を持つことが、前向き無作為化試験(Black et al., Eye 2024)で報告されています。
近視方向にずれても遠方視力が維持され、光視症が増加しないことが示されており、
この特性が「近視ターゲット設定」の安全性を担保する根拠のひとつになっています。
論文データの整理
| 比較項目 | PureSee(近視ターゲット) | アイハンス(正視ターゲット) |
|---|---|---|
| ターゲット屈折値 | −0.50〜−1.00D | 正視に近い設定 |
| 遠方視力(UDVA) | 同等(p>0.05) | 同等 |
| 中間視力 66cm(UIVA) | 同等(p=0.25) | 同等 |
| 近方視力 40cm(UNVA) | 0.17 logMAR | 0.26 logMAR(p<0.001) |
| デフォーカス範囲(0.2以上) | +1.0D〜−2.0D | +0.5D〜−1.5D |
| 光視症(ハロー等) | 同等 | 同等 |
| 近用メガネ依存率 | 7% | 50% |
(出典:Lee H, Kim DY et al. Sci Rep 2026;16:7687)
どんな患者さんに向いているか
このアプローチが選択肢として浮かびやすいのは、次のような方です。
手元の見え方を重視している方
「術後に老眼鏡を使いたくない」「スマホや本を裸眼で見たい」という希望が強い場合。
夜間視力やコントラストも大切にしたい方
回折型多焦点レンズのハロー・グレアが心配な方。
PureSeeは回折構造を持たないため、光視症のリスクが低くなっています。
黄斑前膜・緑内障などコントラスト感度に不安がある方
回折型を避けたい方の中でも、手元の見え方をできるだけ確保したい場合。
PureSeeを正視ターゲットで入れた場合の想定だと「手元がもう少し見えれば」と感じる方
標準設定でも中間視力は良好ですが、手元の満足度をさらに上げたいケース。
注意点・留保事項
遠方は完全矯正ではない
近視ターゲットに設定するため、
遠くはPureSeeやアイハンスを正視で入れた場合より少し甘くなる可能性があります。
つまり「PureSeeをあえて近視寄りにすること」で手元の見え方を改善するアレンジですので、
遠くを完全にはっきり見ることとはトレードオフの関係になります。
論文では統計的な有意差はなかったものの、個人差はあります。
「手元が見える分、遠くは少し妥協する」という合意が前提です。
術後の屈折値は完全にはコントロールできない
どんなに精密に計算しても、術後の屈折値には誤差が生じることがあります。
予定より遠視側に外れた場合、手元の見え方が期待を下回るリスクがあります。
その点はあらかじめ説明した上で進める必要があります。
まだ長期データは少ない
今回紹介した主要論文(Scientific Reports 2026)は術後3ヶ月のデータです。
長期成績はこれから積み重ねられていく段階です。
医師としての実感
大前提として、レンズ選びの大きな流れはこうなります。
「近くをメガネなしでしっかり見たい → 回折型多焦点」
「コントラストやハロー・グレアが気になる、夜間視力を落としたくない → EDOF」
ただ、この図式の中で最近私が積極的にやっているのが、
PureSeeを少し近視寄りのターゲットで入れるというアレンジです。
率直に言うと、近視ターゲットで入れると、遠くの見え方は少し甘くなります。
完全矯正と比べると、遠方はやや劣ります。
ただ「やや劣る」と言っても、日常生活で不便を感じるレベルではなく、
「必要十分」という感じに収まることが多いです。
そしてその代わりに、手元の見え方が明らかに改善します。
「近くが見えている」という実感が出てきます。
この感覚が、患者さんの満足度に直結しています。
なぜこれが成り立つかというと、
PureSeeのデフォーカスカーブが遠方でかなりフラットな特性を持っているからです。
これは、少し近視ターゲットにずらしても、遠方視力が落ちにくいということです。
このレンズの特性を活かしたアレンジだと考えています。
論文データも同じ方向性を支持しているので、
実臨床の感覚と科学的根拠が一致している点が、
私としてはこのアプローチに自信を持てる理由のひとつです。
ただし、遠くの優先度が高い方には向きません。
車の運転が多い方、遠くをとにかくはっきり見たい方には、
正視ターゲットの方が満足度が高いことがあります。
どちらが合うかは、術前の診察でライフスタイルをしっかり確認してから決めています。
おわりに
「手元も見えて、でもコントラストは落としたくない」という方への選択肢が、
論文という形で少しずつ整備されてきています。
PureSeeを近視ターゲットで入れるというアプローチは、
「標準的な使い方を一歩アレンジする」もので、
術者の考え方と患者さんとの十分な対話が前提になります。
まずは診察で目の状態とライフスタイルを一緒に確認していきたいと思います。
参考文献
- Lee H, Kim DY, Oh J, et al. Sci Rep. 2026;16:7687.
- Corbett D, Black DA, Roberts TV, et al. Eye (Lond). 2024;38(Suppl 1):9–14.
- Kim DY, et al. J Clin Med. 2025;14(14):4967.
- Alfonso-Bartolozzi B, et al. J Refract Surg. 2025;41(4):e333–e341.
- Black DA, Bala C, Alarcon A, Vilupuru S. Eye (Lond). 2024;38(Suppl 1):15–20.
※本記事は、現時点で公表されている研究・報告をもとに、一般的な情報提供を目的として作成しています。レンズの適応や屈折ターゲットの設定には個人差があり、最終的な判断は必ず眼科専門医による診察のもとで行ってください。

コメント